月より星より キミに誓うよ

   “二十三夜を迎える前に”



  穏やかで安らかで、比類なく安堵出来る頼もしさ。
  そんな優しさでくるみ込み、あたたかく見守ってあげるのが、
  究極の 愛してるってことだと思ってた。


でもでも、
自分が想いを寄せている彼の方こそ
実はたいそう頼もしい人であり。
年上だということや、
膂力や体力、あるいは法力の話だけじゃあなく、
知的で静謐な人柄からは及びもつかぬほど、
それはそれは意志が強く、
だからこその強靭な包容力も持ち合わせ。
小さきものへの限りなき寛容さから“慈愛の如来”と呼ばれながら、
最強の魔王を封滅出来るほどの覇気も持ち、
神聖なる天界でも
名のある神将たちや数多の尊格たちから頼りにされているくらい。
そんな人を相手に、
非力な自分が“護る”なんて、滸がましいにも程があろう、
遥かに格の違う存在でもあって。

  だから せめてものこととして、
  そんな彼が気を張らずにいられるような、
  一緒にいることへ気を許せる存在になれたらいいなと、
  日頃からは随分と低いハードルを構えているしかなくて。

天界でも、弟のようなものと思われているままだったけれど、
この素晴らしい人のすぐ傍らに居られるのだ、
これ以上 何を望むのだと。
時々 頭をもたげる強引な気持ち、
自分にだけ微笑って欲しいと強く望んでしまうよな、
甘えの枠を越すような、それは身勝手な欲が沸き立つの、
ぎゅうぎゅうと胸の奥底へ押し込めては、
何でもなかったような顔をして通してた。
油断すればそんな独占欲ばかりがどんどんと育ってゆく、
時に激しく時に不安定な“恋情”という代物を、
彼を困らせては何にもならぬと自身へ言い聞かせ、
喉が裂けるような想いと共に、無理から呑み込み続けていたものが。


 『わたしは…私は、私たちは固執や執着をしてはならないんだ。』
 『だというのに、私は君に捕らわれてばかり。』


神通力を制御出来ないくらい、イエスに想いが向いてしょうがなく。
でもそれではいけないと、そりゃあ苦しそうにしていたブッダ。
ただ一人への特別な固執、初めての“好き”という想いを、
自覚した途端に ああまで取り乱した上で、
自身が傷だらけになってもと、
形になる前にそれへ封をしようとしたほどに実直な人。
そうまでも、生真面目で誠実で、
他でもない自分に厳しい彼だというに。

  ねえ、私も頑張るから、
  キミのことを好きでいてもいいかい?、と

イエスの繰り出す珍しい頑迷さに圧し負けてくれて、
結果 両想いになれたのが、どれほど嬉しかったことか。


  ―― ああ、そうだね。あれから一年になるんだね。


ともに自覚した“恋情”という想いは、
だがだが やっぱり我欲の一種には違いないからか、
執着を捨てよとする教えを説いた彼には 相当に不慣れなことでもあって。
その後も様々な不安が押し寄せたようだけれど、
どんな不安も歯を食いしばって耐え抜いた、やっぱり我慢強い人であり。
だからこそ尚更に、
どんな事態になろうと受け止めようと構えてのこと、
彼だけは困らせることのないよう、
私なりに頑張ろうと、心に決めていたはずなのに。
やっぱり我慢が足りないか、
時々 衝動的になってしまう私なの、
それは優しくも寛容に受け止めてくれるキミへ、
ああやはり敵わないなぁと結局は思い知らされていた。
キミがそうであるように、
居ながらにして安らぎを与えるよな、穏やかな慈愛を捧げたかったのに。
キミを支えてあげたかったのにね…。




     ◇◇◇



肌がじっとりしている感触に、
ああ今日も暑いのかなと思いつつ目が覚めた。
窓には遮光カーテンを提げているものの、
夏場は網戸にして開けている関係から
ぴしゃりとまで引いてはおらず。
そこからはみ出すように入ってくる白々とした明るみが、
もう朝だよと告げている。

 “……。”

ここ数日ほどは、
自分の枕に頭を乗っけて目覚めているブッダであり。
今朝もその上で
きちんと螺髪に結われた頭を もそりと傾けておいで。
さしものイエスも連日の暑さにはさすがに負けたか、
こちらを懐ろに入れたままでは到底寝つけぬらしく。
宵を迎えての寝入りばな、
軽いキスをし、盛り上がりようによっては、
あのその ごしょごしょしたりもするものの、/////////
ただ至近に寄るだけでも我慢大会となってしまうよな
蒸し蒸しする暑さは夜中まで続くので。
気を利かせて水を取りに行ったり、
お絞りをなんて布団から離れるブッダが
戻って来てもそのまま そもそもの定位置に横になるの、
甘えての非難をすることがないイエスなのが、判りやすいやら可愛いやら。

 “……。//////”

押し入れの前に衣紋掛けで吊るした浴衣が目に入り、
思い出した昨夜のごちゃごちゃに、
やっぱり苦笑が洩れてしまうブッダ様。
1週間だけ、午後からのアルバイトに出ていたことで
さすがに疲れていたものか。
宵となって、河原まで花火大会を観にゆき、
ややもすると興奮したまま帰って来た二人だったが、
何となくぼんやりしていたイエスの様子がちょっぴりおかしくて。
雰囲気に流されてのキスまではしてくれたけれど、

 『…えっと、なんか私、眠くなっちゃったかなぁ。』

だってのに片手間に相手をするのは失敬だとでも思うたか、
それとも ひょんな弾みで思わぬ悪戯をしてしまった格好になったのが、
気まずいとか恥ずかしいとか感じたものか。
そこのところは暈しつつも、正直に言うところが何とも彼らしく。
甘い気分になりかかってなくもなかったが、
ひょんな弾みとやらでイエスから微妙なところを突々かれて
こちらも多少は焦っていなくもなかった手前、
ブッダの側にも否やはないまま、
布団を敷くと大人しくそのまま就寝と相なって。

 「…♪」

くうすうと穏やかに眠り続ける愛しいお人の寝顔、
少し間をおいたことで 頭の先から全部を余裕で眺めてのさて。
きっぱりと身を起こしての起き上がり、
枕元においていたジャージに着替え、日課のジョギングへと出る構え。
朝から暑かろうが、昨夜はちょっぴりはしゃごうが、
そのくらいでは揺るがないのも、生真面目な如来様らしいところだが、

 「…あ。」

流しで手早く顔を洗い、
炊飯器へセットする米を洗ってから、
そうそうと思い出したことがあり。
そおと冷蔵庫を開けると、
中段に入っていた小ぶりな化粧箱を取り出す。
ジャムの瓶の再利用か、
可愛らしいキャップのガラス瓶が二つ入っており、
そこへと詰められているのは、
イエスが実は半月かけて作ったという、
オレンジとネーブルピールの砂糖漬け。
自分でも味見をして確かめたと言ってただけあって、
ザラメみたいに表面に吹いた砂糖の結晶の下、
咬んだ瞬間は歯ごたえもあるものの、
くにゅりと柔らかでゼリービーンズを思わせる食感であり。
柑橘系ならではな 仄かにほろ苦くて絶妙な味わいが、
砂糖をまとっているにもかかわらず、甘すぎなくて本当に美味しい。

 “果報者だよなぁ、私って。”

こういうことが得意なイエスではないのだろうにね。
それでも頑張ってくれた。
しかもしかも、半月以上も“内緒だよ”と抱えたままで。
大好きな人からこんなに想われているなんてと
それを思うとついついお顔がほころんでやまない。
真ん中バースデーなんて意外なことを知らされたときは、
ついついムキになって詰め寄りかけもしたくせに、
今は その頬が甘い笑みから柔らかくほどけてしまうの
隠しもしないゲンキンさよ。
すぐにも無くなっては勿体ないからと、一つだけ摘まんでから、
いつものようにジョギングへ、軽やかな足取りで出掛けてゆくブッダであり。
ガチャンと閉まらぬよう、手を添えて閉じるところまでの気遣いも
今朝 初めて知ったイエス様。
今の今 目が覚めたとは思えないほどはっきりと、
その瞼をぱちりと持ち上げてから。
だがだが こちら様はといや、

 「……。」

爽やかな朝には至って似つかわしくない様子、
沈んだ面持ちのまま、小さく吐息をついて見せたのであった。






陽が昇った時間帯からやや経ってから、やっと雲が流れゆき、
頭上へも青い空が いっそ容赦なくという勢いで現れて。
いいお天気になりそうなこととそれから、
今日もまた酷暑がやって来るのだろうなというの、
思い知らされる蒸し暑さが
まだこんな早い頃合いだというに、
そこここからじわりと立ち上がってもいるようで。

 “まだ疲れが引いてないようなら、
  お昼は冷やし中華にしよっかな。”

いやイエスがですがと、
わざわざその名を挙げずともという
ブッダにとっての 限定の人が待つアパートが見えて来て。
額や首回りの汗を拭うためのタオルを手に、
一階の壁の外、
足洗い用に設置されてある共同の水道口へとまずは立ち寄る。
手や腕、顔を洗うと、そのままタオルを浸して絞り上げ、
シャツが汗で背中や肩なぞへ貼り付いているの、
指で摘まんではたはた風を通しつつ、
手が届く限りのあちこちをざっと拭ってしまうのも、
暑いうちの毎朝の習慣のようなもの。
ああさっぱりしたと、思わず洩れる吐息も健やかに、
いかにも健康的な始まりようも いつものこと。
今日はゴミ出しの日じゃあなかったよね、などと
他愛のないこと思いつつ、
二階へ上がり、我が家のドアと向かい合う。
何をどうと意識するまでもないくらい、
いつもと変わらない日が今日も始まるはずだったのだ、そこまでは。

 「…。」

どうせまだイエスは夢の中だろうと思い、声は掛けないで玄関を上がる。
朝ご飯の段取りを考え始めかけて、だが、

 「………………え?」

濡らしてしまったタオルと共に、
ジャージとTシャツも脱いで洗濯物のカゴへ。
流し台の端、玄関側へと出してあった着替えを
これもいつも通りの段取りと ひょいと手にしたブッダの視野に入ったのは、
カーテンをすっかりと開けての、明るくなってた六畳間と。
布団を上げてしまった畳の上、
Tシャツとジーパン姿でちょこりと正座して座っていたイエスの姿であり。

 「あ、どうしたの? 今日は早起きしたんだね。」

今日って何か予定があったのかな?と、
大慌てで記憶を掻き分け始めるブッダなのへ、

 「……キミに話があるんだ。」

四角い物言い、でも、どこか頼りなげ。
随分と神妙な声を絞り出すイエスであり。
いつもと同じ朝を駆けて来たブッダだが、
そこはそれこそ もうすっかりと目も覚めていたがゆえ、
何が何だかと思いつつ、だがだが、
寝ぼけ半分に見逃しや聞き逃しはしない、
それはそれはクリアな頭で現状と向かい合えており。

 「…うん。」

一体どうしたのだろうかという懸念を抱いたまま、
それでも、真摯な態度を示すイエスには違いないと。
相手の姿勢とカラーを合わせ、
表情を落ち着かせると、手早く着替えて六畳間へ向かう。
卓袱台は畳んで壁へ立て掛けたままであり、
そういった調度がなければないで、
広々するかと思いきや、むしろ狭さが際立つから妙なもの。
そんな居室で、ブッダの側も脚を畳んでの正座をし、
あらためてイエスと向かい合えば、

 「…。」

やはり覇気の足りないままなイエスだと判る。
髪も毛羽だっていての恐らくは梳いてないままで、
細い肩もしょぼんと力なく落ちており。
寝ぼけているのではないらしいが、
あえて言えば、泳ぎ疲れた子供みたいな、
若しくは、泣き疲れて今にもそのまま眠ってしまいそうな

 “泣き疲れて?”

直感的にそうと思えたのはどうしてだろうか。
確かに神妙な様子の彼ではあるが、
切り出しにくい、でも改まった話をしたいだけなのだろにね。
なのに、どうしてそんな悲壮なものが感じられたのかと、
他でもない自分の感覚へと怪訝そうに眉を寄せかけたブッダが、

 次の瞬間、はっとする。

陽気な笑顔や 無駄にカッコをつけたキメ顔や、
一体何に迷ってか口許歪めて小難しそうに考え込むお顔とか。
天界でもこのバカンスの中ででも、
それこそ様々な顔を見て来たブッダが、
恐らくは初めて見たと感じたほどに意外な顔。
真面目な話をしたいからか、
特に何という表情も浮かべてはいなかったイエスだが、

 そんな彼の 肉づきの薄い頬へ、
 音もなくこぼれ落ちたのが一条の涙であり

何か言い出そうとする前に、感情の方が先走ったらしく。
ブッダが愛してやまぬ玻璃の双眸には
次の滴に十分なほどの涙がたたえられてもいて。

 「な…っ。」

うわと驚いたブッダが、
そのまま膝立ちになりかかって身を起こす。

 「どうしたの、イエスっ。」

自分がジョギングに出掛けていた僅かな間に何かあったというのだろうか。
日頃は無邪気な彼なのが、今はそんな面影さえないくらいに
悲しみや辛さによってだろう 力なく打ちひしがれている。
かつて それは手ひどい迫害を受け続けたこの神の子へ
今また重くて痛い想いをさせるのは、
彼の守護天使たちや使徒ら以上にブッダにも辛いこと。
おろおろとした顔で触れかかったところが、

 「私、もうキミと暮らしていかれないんだ。」
 「え…?」

空耳とするのはあまりに重大な文言が、
ブッダへ向けて投げかけられたのだった。





NEXT


  *初恋は2000年以上も秘めていられたというに、
   そこはやはり生身のブッダ様の色香、
   なまめかしいお声や反応へ圧倒されたか、
   あっと言う間のギブアップだったようです、イエス様。
   はてさてどうなることやら…。

ご感想はこちらへvv めーるふぉーむvv

拍手レスもこちらvv


戻る